私の父は50代半ばで急逝しました。

父は高校卒業して入った会社で、転職することもなく、
亡くなるまでずっと勤めあげ、決して高給取りではなかったですが
私たち家族を養ってくれていました。

貧乏ながらも姉妹2人とも大学まで出させてくれて
自分たち的には人並みと思う生活をしてこられたのは
父のおかげだったんだと、亡くなってからさらに実感しています。

父はとくに趣味を持っていたわけでもなく、家事は母が完璧に
する人なんで手伝うこともなく、思春期の娘たちには意味なく
うっとうしがられ、女3人に囲まれた男1人で肩身の狭い思いを
していたことでしょう。

私が30過ぎてからはいい歳した娘が定職にもつけず、
結婚もできずで、父から何も言われはしませんでしたが
内心は心配し、少なからずストレスも感じていたと思います。

体調不良も本当は自覚があったのかもしれないけど、
家族にはぎりぎりまで何も言いませんでした。
実際私も母も気配りと意識は自分のことと、障がいのある妹へ
ほぼ100%向かっていたし、そうせざるをえなかったので
普通に毎日仕事に行っている父のことを
今思えば気遣えていませんでした。
父も家族のその状況はわかっていたので自分の体調は後回しにして
仕事を頑張ってしまっていたんでしょう。

病気がわかってからはほとんど闘病期間もなく本当に急逝し、
亡くなった後になって、あれやこれやといろいろ後悔が
あふれましたが、もうどうすることもできませんでした。

あること、いることが当たり前のときに、
そのありがたみにはなかなか気づけないものですね。

世の大多数の人たちが普通に持っているものを
何一つ持っていない、無い無いづくしの私にとって
「家族」は唯一持っている時期があったものなのに、
なくすまでそれがどれほど大切で貴重だったかは
あまり実感できてなかったなーと今では後悔でいっぱいです。

父には生きてるうちに何一つ親孝行できなったので、
せめて母には、との思いもあるけど、母にとって一番の親孝行
(本人がそう言ってる)である「結婚して子ども産んで孫の顔見せる」
はもうどう転んでも無理そうなので、やっぱりなんとしてでも
私が経済的に自立して、障がい持ちの妹の将来のことを
心配しなくていいよう、安心させてあげることが一番なんでしょう。


IMG_1908
ナスのカレーなんですけど煮込んだらナスはかなり溶けてしまいました。
右上のは割引セール品になってた明太子入りはんぺん。


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